汗の量と匂いの強さを分ける
腋窩の研究は「分泌物」と「皮膚の菌」を一緒に見る
1981年の研究は、229人の腋窩の微生物を調べ、刺激的な体臭と弱い酸っぱい匂いの違いを、細菌の量や種類と照らしました。典型的な体臭のある人では、当時「diphtheroids」と呼ばれた好気性細菌が多く、腋窩由来のアポクリン汗を前腕に置いて菌を接種する実験では、菌の種類によって異なる匂いが生じました。
この結果は「特定の菌があれば、誰でも同じ匂いになる」という意味ではありません。研究対象の部位、培養条件、当時の分類名、官能評価の方法に依存します。現在の説明では、分泌物の前駆体と、皮膚微生物の酵素反応を別の層として扱います。
汗と皮脂は、体臭で同じ役割なのか
「汗の匂い」と呼んでいても、腋窩の表面に届く材料は汗だけではありません。腋窩臭のレビューでは、エクリン・アポクリン・皮脂腺の分泌物を皮膚微生物が変換し、揮発性の匂い分子が生じるという、分泌物・微生物・成分の関係が整理されています。だから、汗の量だけでなく、どの分泌物がどの部位にあり、どの時間に微生物と接したかを分けて考えます。
これは皮脂だけを測れば体臭の強さや原因が分かる、という意味ではありません。レビューは腋窩の仕組みをまとめた資料で、個人の皮脂量、全身の匂い、清潔感、健康状態を判定する検査ではありません。
分泌物を作る腺の種類は、年齢とともに変わります。思春期にアポクリン汗腺が活性化し、腋窩の匂いが変化しやすくなる過程は、思春期に体臭が変わる仕組みの補助記事で、2026年の内分泌研究とともに整理しています。思春期の変化とは別に、中高年以降の皮脂の酸化で生じる匂い(2-ノネナール)については、2-ノネナールの研究の補助記事が、若年者との比較研究の対象と限界を整理しています。
匂い成分も一つではない
Hasegawa・Yabuki・Matsukaneの2004年研究は、健康な男性50人の腋窩汗抽出物を分析し、3-hydroxy-3-methylhexanoic acidと複数の3-sulfanylalkan-1-olが腋窩臭に寄与することを調べました。3-hydroxy-3-methylhexanoic acidの検出量は、腋窩臭の強さと相関しました。
ただし、これは腋窩汗抽出物と成人男性50人を対象にした研究です。化合物名が分かったからといって、家庭で匂いの原因を一つに決められるわけでも、他の部位や全員の体臭を予測できるわけでもありません。著者所属には花王株式会社が含まれるため、企業の分析研究として帰属を明記します。
皮膚微生物の構成にも個人差がある
2018年の日本人男性を対象にした研究では、クミン様・スパイシーな匂いの13人と、ミルキーで皮膚由来の匂いと分類された9人の腋窩微生物を、パイロシーケンスで比較しました。両群でAnaerococcus、Corynebacterium、Staphylococcusなどが優勢でしたが、スパイシー群の腋窩細菌はミルキー群より多く、細菌の定着量が匂い成分の生成に関係する可能性が示されました。
この研究にはマンダム株式会社と明治薬科大学の所属が含まれます。また、対象は日本人男性22人の腋窩で、匂いの分類も研究上のグループです。女性、子ども、他の部位、すべての生活場面へ一般化する資料ではありません。
同じ菌種でも、酵素活性は同じなのか
2024年の研究では、同じ民族的背景を持つ24名が標準化された衛生・食事条件で室内サイクリングを行い、着用後のTシャツの腋窩臭を訓練を受けた評価者が判定しました。腋窩の微生物を16S rRNAメタシーケンスで調べ、分離した Staphylococcus hominis のC–S lyase活性も測定したところ、不快臭の群ではこの菌の相対量だけでなく、同じタンパク質量あたりの酵素活性も高くなっていました。
ここで分けて読むべきなのは、菌の「数・構成」と、匂い前駆体を揮発性の硫黄化合物へ変換し得る「活性」は同じ指標ではないことです。24名の運動後サンプル、特定の衛生・食事条件、専門家の官能評価に基づく研究なので、S. hominisだけで日常の体臭が決まる、すべての人に同じ匂いが出る、という意味ではありません。
腸内細菌と皮膚ガスは、体臭の官能評価とは別に測る
Miyamoto らの2026年探索的ランダム化二重盲検プラセボ対照試験は、健康な男性アスリート60人を対象に、ビフィズス菌 Bifidobacterium longum BB536またはプラセボを4週間摂取させました。両群はホエイプロテイン70 g/日を併用し、腸内細菌叢を16S rRNA解析、皮膚ガスを測定して、揮発性代謝物の変化を調べています。
皮膚ガスの揮発性代謝物は、全体の群間比較では有意差がありませんでした。BB536群内ではプロピオン酸の増加とメチルメルカプタンの減少が観察され、腸内細菌タイプ別にも異なる変化が示されましたが、探索的な結果です。人が感じる腋窩臭の強さや快・不快を直接評価した試験ではないため、プロバイオティクスで体臭が消える、腸内環境から個人の匂いを診断できる、という結論にはなりません。食材を変えた後の腋窩臭を人が評価する研究は、肉・にんにく・食事制限の腋窩臭研究で扱う官能評価の問いとも分けて読みます。
日常で「汗臭さ」を一つにしない観察点
- 汗の量:衣類が湿った量や発汗した場面。匂いの強さとは別に記録する。
- 発生源:肌、腋窩の毛、シャツ、上着、枕、室内を分ける。
- 時間:汗をかいた直後、乾いた後、衣類を脱いだ後で変化を見る。
- 環境:温度、湿度、換気、衣類の素材、洗濯・保管状態を記録する。
- 知覚:自分の鼻が慣れていないか、周囲の香りが混ざっていないかを確認する。
「汗をかいたから必ず強く匂う」「洗えば原因がすべて消える」「一つの菌が悪い」といった短絡を避けるには、汗、皮膚、衣類、時間を別々に見ることが役立ちます。
気になる変化は香りで隠さない
この記事の観察手順は、研究結果と日常の印象を切り分けるためのメモです。急に匂いが変わった、皮膚症状や痛みがある、発汗や匂いが生活に支障を与えている、といった場合は、香料や洗浄だけで隠さず、必要に応じて医療機関へ相談してください。
参考文献
- Leyden JJ, McGinley KJ, Hölzle E, Labows JN, Kligman AM. The Microbiology of the Human Axilla and Its Relationship to Axillary Odor. Journal of Investigative Dermatology. 1981;77(5):413–416. DOI: 10.1111/1523-1747.ep12494624
- Hasegawa Y, Yabuki M, Matsukane M. Identification of New Odoriferous Compounds in Human Axillary Sweat. Chemistry & Biodiversity. 2004;1(12):2042–2050. DOI: 10.1002/cbdv.200490157
- Okamoto H, Koizumi S, Shimizu H, Cho O, Sugita T. Characterization of the Axillary Microbiota of Japanese Male Subjects with Spicy and Milky Odor Types by Pyrosequencing. Biocontrol Science. 2018;23(1):1–5. DOI: 10.4265/bio.23.1
- James AG, Austin CJ, Cox DS, et al. Microbiological and biochemical origins of human axillary odour. FEMS Microbiology Ecology. 2013;83(3):527–540. PubMed PMID 23278215
- Grimaldi C, Gilardeau S, Verzeaux L, et al. Identification of a higher C-S lyase activity of Staphylococcus hominis in volunteers with unpleasant axillary odour. International Journal of Cosmetic Science. 2024;46(6):1088–1096. PubMed PMID 39282751 · DOI: 10.1111/ics.13024
- Miyamoto S, Yoshimoto S, Katsumata N, et al. Bifidobacterium longum BB536 is associated with improvements in gastrointestinal symptoms and odor-related metabolites in microbiota-defined subgroups of male athletes consuming a high-protein diet: exploratory randomized double-blind placebo-controlled trial. Journal of the International Society of Sports Nutrition. 2026;23(1):2664664. DOI: 10.1080/15502783.2026.2664664 · PMC全文
- 順天堂大学. ヒトのビフィズス菌BB536が高たんぱく食を摂取する男性アスリートの下痢に関連するQOLスコアの改善および体臭関連代謝物を低減する可能性が示唆. 2026年5月8日. 大学公式発表
- Brémond Bostoen V, Richard Ortegón S, Barthès N, Buatois B, Nicolè F, et al. ABOV: A Novel System of Direct Headspace Skin Sampling to Study Human Body Odor. Journal of Chemical Ecology. 2025;51. DOI: 10.1007/s10886-025-01581-7. DOI · PubMed PMID 40056297
腋窩の研究で測られたことと、全身の汗・日常の印象・医療的な判断を分けて記載しています。
採取方法そのものを改良する研究
体臭研究では「どう試料を採るか」が結果を左右します。2025年にJournal of Chemical Ecologyで報告されたABOV(Analysis of Body Odor Volatiles)は、肌に触れずに皮膚付近の空気を直接採取できる新しいサンプリング装置の提案です。従来の綿パッドやチャンバー方式と異なり、使用しやすさと部位への適応性を重視して設計され、化学コミュニケーション研究のための非接触採取を狙っています。
読むときの注意は、これは測定方法の提案・検証であり、新しい匂い成分の発見や体臭改善の効果を示す研究ではないことです。また、採取方法が変わると検出される成分の種類や量も変わり得ます。これは「どの研究が正しいか」ではなく、それぞれの研究が異なる条件で異なる断面を見ているということです。匂いの強さの測り方とも共通する話で、数値を比べるときは測定条件を確認するのが前提になります。
