研究の要点
何を調べた研究なのか
論文のタイトルは「2-Nonenal newly found in human body odor tends to increase with aging」です。研究者らは人の体臭を分析し、年齢に伴う変化と関連する成分として2-ノネナールを報告しました。本文では、ω-7不飽和脂肪酸や脂質過酸化との関係も検討されています。
この結果を日常語にすると、「年齢による体臭の変化を考える材料の一つ」です。「2-ノネナールがある人は不潔」「年齢が上がれば必ず匂う」という意味にはなりません。体臭は複数の成分、皮膚、衣類、環境、知覚が重なる現象です。
若年・年長の腋窩臭を訓練パネルで比べた研究
2024年のパイロット研究では、若年8人(20〜28歳)と年長8人(80〜83歳)が綿Tシャツを一晩着用し、腋窩の体臭試料を採取しました。6人の訓練済みパネリストが、総強度、快・不快、複数の匂い属性を0〜10で評価し、試料が若年群か年長群かも強制選択で判定しました。
平均の匂いプロファイル、総強度、快・不快には年齢群の有意差がなく、2-ノネナールに関連づけた脂肪・段ボール様の属性にも有意差はありませんでした。一方、パネリストの年齢群判定は平均61%で偶然より高く、匂い属性からの線形SVM分類は平均69%でした。年齢の手掛かりが含まれる可能性はあっても、2-ノネナール単一の明確な匂い型や、すべての人の「年齢の香り」を示す結果ではありません。16人の小規模な一晩採取と訓練パネルによる研究で、日常の体臭や成分の因果を判定するものでもありません。
10代の香りへ外挿しない
研究対象の年齢範囲は26〜75歳です。10代を対象にした直接データではないため、この論文だけから「10代には2-ノネナールがない」「10代の良い香りは2-ノネナールで説明できる」とは言えません。研究対象、測定方法、検出された範囲を保持したまま引用することが必要です。
Hazeらの研究が示した生成メカニズム
2001年のHazeらの論文は、26〜75歳の体臭をヘッドスペースGC/MSで分析した結果、2-ノネナールが40歳以上の被験者でのみ検出されたことを報告しました。さらに皮膚表面の脂質を分析すると、ω-7不飽和脂肪酸と脂質過酸化物も加齢とともに増え、体臭中の2-ノネナール量と両者の間に正の相関があったとしています。試験管内の分解実験では、皮膚表面脂質の主成分を脂質過酸化物を起点に酸化的に分解したとき、ω-7不飽和脂肪酸からのみ2-ノネナールが生成されました。著者らは、2-ノネナールがω-7不飽和脂肪酸の酸化分解によって生じ、加齢に伴う体臭変化に関与する可能性があると結論付けています。
これは「菌が汗を分解して匂いを作る」という腋窩臭のモデルとは別の経路、つまり皮脂そのものの酸化という経路を示す知見です。ただし相関は因果を証明するものではなく、抄録には被験者数の記載がないため研究規模も不明で、個人の匂いの原因をこの一つの反応で決めることはできません。
測り方にも種類がある
2-ノネナールの多くの研究は、試料を機器で分析するガスクロマトグラフィー質量分析に頼っています。2023年には、皮膚を拭き取った綿の上端気体を酵素センサー(バイオスニファー)で連続測定する手法が報告されました。20代と50代の参加者の試料で信号の違いが観察された一方、センサーは他のアルデヒドにも反応するタイプがあり、信号が2-ノネナール由来かを詰めるには複数センサーの併用や成分ごとの定量が必要だと著者らは述べています。家庭で自分の「2-ノネナール濃度」を測れる話ではなく、香りの強さの測定とも別の研究開発の話として読みます。
皮脂という「測定対象」そのものの複雑さを整理した総説もあります。2024年のBiomolecules総説は、皮膚表面の皮脂が年齢・性別・民族・食事・運動・疾患状態と相関して変化する脂質混合物であり、非侵襲的なバイオマーカー探索の対象になり得る一方、サンプリング方法、前処理、質量分析の条件でデータの意味が変わることを指摘しています。2-ノネナールはω-7不飽和脂肪酸の酸化分解で生じるとされるため、皮脂全体の脂質組成をどう測るかは、成分レベルの研究の土台になる話題です。ただしこの総説自体は2-ノネナールや加齢臭を主題にしたものではなく、「皮脂の測定は条件次第で結果が変わる」という方法論上の注意を示すものです。
成分名から人を決めつけないために
- 成分が検出されたことと、本人がその匂いを強く感じることは別。
- 年齢関連の傾向と、個人の身だしなみや健康状態は別。
- 匂いの急な変化や皮膚症状を、香水や洗浄だけで隠さない。
ラクトン研究とは対象も問いも違う
別のロート製薬の公式研究資料は、10〜50代女性50名の着用布を使い、若い年代で目立つSWEET臭とラクトンC10/C11を扱いました。これは2-ノネナール論文とは研究主体、試料、目的が異なります。二つを足して「10代全員の香り」を作らないことが、最も大切な読み方です。
参考文献
- Haze S, Gozu Y, Nakamura S, et al. 2-Nonenal newly found in human body odor tends to increase with aging. Journal of Investigative Dermatology. 2001;116(4):520–524. DOI: 10.1046/j.0022-202x.2001.01287.x · PMID 11286617
- Owsienko D, Schwinn L, Eskofier BM, Kiesswetter E, Loos HM. Sensory evaluation of axillary odour samples of younger and older adults by a trained panel. Flavour and Fragrance Journal. 2024;39(1):3–9. DOI: 10.1002/ffj.3762
- Iitani K, Mori H, Ichikawa K, et al. Gas-Phase Biosensors (Bio-Sniffers) for Measurement of 2-Nonenal, the Causative Volatile Molecule of Human Aging-Related Body Odor. Sensors. 2023;23(13):5857. DOI: 10.3390/s23135857 · PubMed
- Isom M, Desaire H. Skin Surface Sebum Analysis by ESI-MS. Biomolecules. 2024;14(7):790. DOI: 10.3390/biom14070790. DOI
