周期・匂い・成分・評価者を分ける

生理周期と腋窩臭を調べた人研究には、結果が一致しないものがあります。10日間の自然周期研究は明確な排卵期シフトを支持せず、別の4相研究は排卵期の匂いをより快と評価しました。どちらも、個人の匂い・妊娠・健康状態を判定する検査ではありません。

「体臭が変わる」は複数の測定を含む

生理や排卵と匂いを結びつけるとき、腋窩から採取した試料の化学成分、他人が感じた強さ、快・不快、匂いの質は同じ指標ではありません。周期のどの日を排卵期と定義したか、洗浄や製品香をどう管理したか、誰が何を評価したかで、読める範囲が変わります。

腋窩臭を汗・分泌物・皮膚微生物の層で読む研究と同じように、周期の匂いも分泌物、皮膚微生物、衣類、時間、室温・湿度を分けます。周期だけでワキの匂いの強さや清潔感を説明しないことが出発点です。

10日間・29人の研究は、明確な周期シフトを支持しなかった

Zetzscheらは、自然な排卵周期を持つ20〜30歳の女性29人を対象に、1周期の10回の腋窩臭採取を行いました。16人分は化学分析にも使われ、残りを含む試料は男性評価者が匂いの印象を評価しました。尿の排卵検査、唾液ホルモン、ガスクロマトグラフィー質量分析、匂い評価を組み合わせた研究です。

この研究では、匂いの評価と化学組成のどちらにも、現在の妊娠確率や排卵までの距離、卵巣ホルモンと結びつく説得力のある変化は見つかりませんでした。つまり「排卵期なら誰のワキも強く、他人が明確に見分けられる」といった一般化を支える結果ではありません。

ただし、研究対象はホルモン避妊を使わない自然周期の女性で、参加者の多くは大学関係者でした。食事、喫煙、薬、採取時の製品使用などを管理した研究室の条件であり、家庭の日常の匂いをそのまま再現するものでもありません。

4相・84試料の研究は、排卵期をより快と評価した

Ohgiらは、規則的な周期を持つ女性21人から、月経期、卵胞期、排卵期、黄体期の4段階で計84個の腋窩臭試料を集めました。男性評価者21人が匂いの強さと快・不快を評価し、同じ試料をガスクロマトグラフィー質量分析で調べました。参加者の脇毛は採取前に剃られ、香料製品や香りのある洗剤などを避ける条件でした。

排卵期の試料は月経期や黄体期より快と評価されましたが、匂いの強さには相ごとの有意差がありませんでした。化学分析では排卵期に増える成分が報告され、基礎となる腋窩臭へ加えた試験では男性評価者の快・不快や心理評価も変化しました。

排卵期に増えた成分として報告されたのは、(E)-geranylacetone、tetradecanoic acid、(Z)-9-hexadecenoic acidです。基礎となる腋窩臭にこれらを加えたモデル臭では、男性評価者の不快な印象が弱まり、快・好み・リラックスに関する評価が上がりました。顔画像の印象と唾液αアミラーゼも同じ実験系列で評価されていますが、これは家庭の匂いから排卵・妊娠しやすさ・魅力を判定する検査ではありません。

この結果も、すべての女性の匂いが排卵期に快くなることや、匂いから妊娠しやすさを判定できることを示しません。21人の女性、21人の男性評価者、管理された採取、脇毛を剃った条件で、性別・ジェンダーの影響自体は評価されていません。

2研究の違いを、矛盾ではなく条件として読む

  • 周期の定義:10日間の連続的な変化を追う研究と、4つの周期段階を比べる研究では、拾う変化の粒度が違う。
  • 測定項目:匂いの強さ、快・不快、匂いの質、化学成分、ホルモンは別の指標。
  • 対象と評価者:年齢、食事、避妊薬、喫煙、採取方法、評価者の性別や人数が異なる。
  • 日常への移し替え:汗、衣類、洗浄、製品香、気温、睡眠や体調が変われば、同じ周期でも印象は変わり得る。

自分の匂いを記録するなら、周期の日付だけでなく、洗浄からの時間、発汗、衣類、製品、部屋の温度・湿度、強さと快・不快を別々に記録します。匂いの変化を理由に、妊娠、排卵、ホルモン異常、性格、清潔感を自己診断しないでください。

「嗅ぐ側の条件」も周期研究では大切です。2020年のイスラエルの研究は、自然排卵の女性18人と経口避妊薬使用者18人を1か月間週次で検査し、体臭の弁別成績が周期段階によって変化すること、特に避妊薬の休薬期間中に体臭(通常の臭気ではない)の弁別精度が下がることを報告しました。これは匂いを出す側ではなく嗅ぐ側の変化を測った研究であり、「出る匂いそのものの周期変化」とは別の層です。避妊薬使用は2研究の対象条件にも含まれるため、自分の状況に近い条件かを確認してから結果を読むことが大切です。

匂いを「受け取る側」の脳反応を調べた研究も出ています。2026年4月にPNASで報告されたfMRI研究は、月経・排卵・妊娠初期の女性から腋窩ケモシグナルを収集し(ドナー59人+妊娠36人)、女性33人が自分の周期の2時点(月経期・排卵期)で単盲検のクロスオーバー設計で嗅ぎながら、女性の顔写真の魅力度・接近したい距離・妊娠状態の推定を評価しました。結果は、排卵期のケモシグナルで広範な脳領域(側頭頭頂接合部・島・海馬・視床下部など)の活動が高まる一方、顔の魅力度評価や妊娠判定そのものは条件や周期で変わりませんでした。行動面では、妊娠初期のケモシグナルと対になった顔へ距離を置く傾向、自分が排卵期のときに近づく傾向が報告されています。

この研究も「出る匂いの周期変化」と「匂いを受けた側の反応」は別の測定だという構図において、嗅ぐ側の層に神経画像の証拠を加えるものです。ただし単盲検、ドナーと受容者の条件管理が複雑な実験であり、「排卵期の匂いには特別な力がある」「匂いで妊娠状態が分かる」といった読み方は、著者ら自身が明示的判断は変わらなかったとして否定しています。 匂いの印象から周期・妊娠・健康を推測しないというページの方針は、この研究によってむしろ補強されます。

周期と関係なく強い匂いが続き、赤み、痛み、腫れ、膿、強いかゆみなどの皮膚症状がある場合は、匂いの記録だけで判断せず、皮膚科などへ相談してください。

限界:2研究は自然周期または規則的な周期の特定対象、管理された採取、男性評価者、研究室の製品・食事条件に限られます。排卵期の3成分と心理・生理指標の結果も、モデル臭を用いた実験条件であり、家庭の腋窩臭、フェロモン、妊娠・生殖能力・健康状態の検査を示しません。生理中・排卵期の匂いをすべての人に当てはめたり、腋窩臭から診断したりする根拠ではありません。

参考文献

  1. Zetzsche M, Weiß BM, Kücklich M, et al. Combined perceptual and chemical analyses show no compelling evidence for ovulatory cycle shifts in women's axillary odour. Proceedings of the Royal Society B. 2024;291(2027):20232712. DOI: 10.1098/rspb.2023.2712. PubMed PMID 39043247
  2. Ohgi N, et al. Human ovulatory phase-increasing odors cause positive emotions and stress-suppressive effects in males. iScience. 2025;28(8):113087. DOI: 10.1016/j.isci.2025.113087. PubMed PMID 40948555・東京大学公式発表
  3. Nehls S, Losse E, Sleibi IS, Armin M, Habel U, et al. From female to female: Communication via chemosignals. Proceedings of the National Academy of Sciences. 2026;123(15). DOI: 10.1073/pnas.2528625123. DOI · PubMed PMID 41950097
  4. Endevelt-Shapira Y, Pinchover L, Perl O, Bar E, Avin A, Sobel N. Women Have Reduced Ability to Discriminate Body Odors During the Withdrawal Period of Oral Contraception. Chemosensory Perception. 2020;13(2):123–131. DOI: 10.1007/s12078-019-09273-9 · PubMed PMID 32968473

2研究の対象・周期判定・採取方法・評価項目を分けています。結果の不一致を、個人の匂い・妊娠・健康状態の診断へ置き換えません。