頭皮の匂いと髪の残香を分ける
「髪に香りが残る」と「頭皮が匂う」は同じではない
髪に香りが残る理由で扱ったように、毛髪は洗浄液から移った香料を保持し、乾燥や時間で放出する基材になり得ます。髪の長さから香りを感じても、それが頭皮の匂いを意味するとは限りません。
反対に、根元に近い場所で匂いを感じても、頭皮だけが発生源とは限りません。整髪料、枕、帽子、タオル、室温・湿度、洗髪からの経過時間が重なります。まず「どこから」「いつ」「何をした後に」感じたかを分けます。
人毛・頭皮からは複数の揮発成分が検出される
1994年の研究は、人毛と頭皮から出る匂いをヘッドスペース法とアセトン抽出で調べました。ヘッドスペース法では80種類を超える化合物が検出され、そのうち約30種類が同定されました。分類にはアルカン、アルケン、アルコール、アルデヒド、酸など複数の化学群が含まれます。
この研究は、3日間の揮発性化合物の変化と、頭皮常在菌の増加も調べています。つまり、頭皮や毛髪の匂いを一種類の「皮脂臭」や一種類の菌だけで説明するより、時間と複数成分の組合せとして読むほうが研究の設計に近い整理になります。
ただし、1994年の研究は特定の実験条件で人毛・頭皮の揮発成分を分析したものです。日常のすべての頭皮臭、現在のシャンプー製品、髪質ごとの残香時間を測った研究ではありません。
体臭の起源については、「皮膚常在菌が汗の前駆体を分解して匂い分子を作る」という説明が広く知られていますが、2025年の総説は、ヒトの匂いを構成する一部の特徴的で豊富な成分は、皮膚常在菌を介さずに皮脂中の前駆体から生じる反応によるものだと整理しています。この総説自体は体臭一般を扱ったものですが、頭皮が皮脂腺の密度が高い部位であることは皮膚科学の一般的な知見であり、頭皮臭を考えるときも、菌の働きと皮脂そのものの化学変化の両方があり得ることになります。ただしこれは複数分野の知見を統合したレビューであり、特定のシャンプーや頭皮ケア製品の効果を検証した研究ではありません。
「汗様の頭皮臭」という限定された公式研究
株式会社マンダムは2024年の公式発表で、体臭の変化を実感している40歳代女性、変化を実感していない40歳代女性、20歳代女性の頭皮臭を比較した研究を紹介しています。発表では、変化を実感している群で、湿ったような汗様の匂いが評価され、約200種類の揮発性物質を調べたとされています。
その公式発表では、7種類の低級脂肪族アルデヒドが汗様臭群で多く、ブタナール、2-ブテナール、3-メチルブタナール、ペンタナールが汗様臭の強さと正の相関を示したと報告されています。これは、特定の対象群で匂いと成分の関係を調べた結果であり、「40代女性の頭皮は一般にこの匂いがする」という意味ではありません。
また、公開されたニュースリリースは製品開発企業による研究発表で、全文論文のような対象者数や採取・解析プロトコルをすべて確認できる資料ではありません。特定の年代、性別、感じ方の変化をすべての人へ外挿せず、企業研究・発表形式・対象範囲を残して読みます。
28日間のシャンプー使用で頭皮の菌叢はどう変わるか
洗浄が頭皮の微生物環境に触れる研究もあります。2025年8月にBMC Microbiologyで報告されたのは、市販シャンプーを28日間使用したときの頭皮微生物叢の変化を16S rRNA・ITS配列で解析した研究です。18〜60歳の健康な参加者20人(女性18人・男性2人)が対象で、28日後に頭皮の水分量は有意に増加し、皮脂分泌量には有意な変化がありませんでした。
細菌ではアルファ多様性に有意差がない一方、Cutibacterium属の相対量が11.58%から28.66%へ有意に増え、Staphylococcus属を上回りました。真菌ではMalasseziaという中核菌群は保たれたまま、属レベルの構成が変化しました。著者らは、微生物コミュニティが皮脂寄りの環境から水分寄りの環境へ移ったと解釈しています。
この研究を読むときの注意は三つあります。第一に、特定企業の効果検証ラボで募集された20人の小規模な単一群(前後比較)であり、対照群はありません。第二に、測定しているのは微生物叢と頭皮の物理指標であって、「匂い」そのものや匂いの強さ・快不快の評価ではありません。第三に、著者ら自身がサンプル数と研究期間の限界を認めており、特定製品の推奨や「正しい洗い方」の根拠に変換できません。頭皮の匂いと菌叢の関係は依然として間接的な知見であり、洗浄頻度を上げれば匂いが良くなるということでもありません。
頭皮臭モデルを測っても、原因やストレスの診断にはならない
2026年のInoueらの研究は、40歳代女性の頭皮臭を再現する人工モデル臭(MFS model odor)、イソ吉草酸、ラベンダーを、40歳代の日本人18人(女性9人・男性9人)に提示し、機能的近赤外分光法(fNIRS)で大脳皮質の酸素化ヘモグロビンを測定しました。MFSモデル臭はラベンダーより下前頭回と左上側頭回で大きな反応を示しましたが、感じた強さ、快・不快、好みを調整すると差は有意ではなくなりました。
同じ研究では、心拍、鼻先の温度、指先の血流、唾液コルチゾールなどのストレス関連指標に、匂い条件による有意差は確認されませんでした。つまり、頭皮臭モデルに対する脳反応の差を、日常のストレス反応や頭皮臭の原因・強さの診断へそのまま変換できません。臭気の強さ、快不快、測定尺度の違いは、臭気の測り方でも分けて確認します。緊張時に出る汗と匂いの仕組みそのものは、心理的刺激とエクリン汗・腋窩臭の研究の補助記事で整理しています。
この研究の臭いは実際の参加者の頭皮から採取した匂いではなく、40歳代女性の頭皮臭を模した人工処方です。対象は少人数の40歳代日本人で、著者には島津製作所とマンダムの所属が含まれます。したがって、シャンプー、皮脂、微生物、枕や帽子などが日常の頭皮臭へ与える影響、製品の消臭効果、皮膚疾患の判定を測った研究ではありません。
匂いの発生場所を観察するときの分け方
- 頭皮:髪をかき分けた根元付近と、髪の中間・毛先を別々に観察する。
- 時間:洗髪直後、乾燥後、数時間後、帽子や運動の後などを分けて記録する。
- 周辺物:枕、帽子、タオル、ブラシ、衣類の匂いが混ざっていないか確認する。
- 条件:シャンプー、整髪料、乾燥方法、室温・湿度を一度に複数変えない。
強い香りを何度も嗅いで判定し続けると、嗅覚の順応や周囲の匂いの影響で印象が変わります。短いメモを残し、匂いの強さ・質・感じた場所・時間を別の項目として扱うほうが、原因を早く決めつけにくくなります。
急な変化に加えて、かゆみ、赤み、痛み、フケ、滲出などの症状が続く場合は、匂いだけで自己判断を続けず、皮膚科などの専門家へ相談してください。
参考文献
- Kubota M, Komaki R, Ito Y, Arai M, Niwase H. Investigation of the Odor Evolved from Human Hair. Journal of Society of Cosmetic Chemists of Japan. 1994;28(3):295–298. CiNii Research掲載情報 · DOI: 10.5107/sccj.28.295
- 株式会社マンダム. マンダム、40歳代女性特有の頭皮汗様臭を発見. 2024. 公式ニュースリリース
- Inoue Y, Osaki K, Yomota S, et al. Evaluation of human body malodor using functional near-infrared spectroscopy with regions of interest based on functional pathways in the olfactory system. Frontiers in Neuroscience. 2026;20:1808067. DOI: 10.3389/fnins.2026.1808067 · PubMed · 公式全文 · PMC
- Zung JL, McBride CS. Sebaceous origins of human odor. Current Biology. 2025;35(8):R303–R313. DOI: 10.1016/j.cub.2025.03.031 · PubMed。複数分野の知見を統合したレビューで、特定のケア製品の効果は検証していません。
- Xu C, Li W, Lin L, et al. High-throughput sequencing to analyze changes in the human scalp microbiome during the use of a shampoo. BMC Microbiology. 2025;25:497. DOI: 10.1186/s12866-025-04260-5. DOI · PubMed PMID 40790470
人毛・頭皮の揮発成分分析と、企業が公表した特定対象群の研究発表を扱っています。個人の匂い、清潔感、疾患、製品効果を判定する資料ではありません。
