耳垢のタイプとワキの匂いを分ける
耳垢と腋窩臭は同じ現象ではない
耳垢は外耳道の耳垢腺から出る分泌物で、ワキの匂いは腋窩の汗腺・皮膚表面の微生物・衣類・時間などが重なって感じられます。同じABCC11という遺伝子が関わる研究があっても、耳垢の見た目と、日常で感じる腋窩臭は別の観察対象です。
汗と皮膚微生物の体臭で扱うように、腋窩臭は汗の量だけでなく、分泌物が微生物によって匂い分子へ変換される過程や、衣類・時間の影響を受けます。耳垢のタイプだけから、本人の匂いの強さや原因を一つに決めないことが重要です。
耳垢の性質と外耳道の常在菌の関係を調べた研究もあります。2025年にMicrobiology Spectrumで報告された研究は、健康な成人21人(538GA型9人・538AA型12人)の外耳道微生物叢を解析し、GA群ではStaphylococcus auricularisやCorynebacterium属、AA群ではMethylocella属など、遺伝子型ごとに観察される菌群が異なることを報告しました。代謝経路の予測解析でも、遺伝子型間で豊富になる経路が異なっていました。
これはABCC11多型が「宿主の遺伝子→耳垢という基質→外耳道の菌叢」というゲノム・マイクロバイオーム相互作用の一例を示すものですが、測定しているのは外耳道の菌であって腋窩の匂いではありません。21人の小規模研究であり、耳垢タイプから腋窩臭を推定できる根拠にはなりません。「耳垢が湿っている=匂いが強い」以上に、菌叢・分泌物・環境の組み合わせとして読む必要があるという、このページの方針と一致します。
ABCC11は匂いの前駆体の分泌に関係する
Martinらの研究は、ABCC11の538G→Aという一塩基多型に注目し、アポクリン汗腺に由来する匂い前駆体と腋窩臭の関係を調べました。A/Aホモ接合体では、特徴的な匂い成分の前駆体がほぼ失われ、ステロイド系の匂い成分や前駆体も少なくなることが報告されています。この多型は耳垢のタイプにも関係します。
ここで測られているのは、遺伝子型、分泌物、匂い成分の違いです。「耳垢が乾いている人は体臭がない」という生活上の判定や、「湿った耳垢なら必ず強い匂いがある」という保証ではありません。
分泌側のABCC11と、受容体側のOR52E8を分ける
2026年のChoiらの研究は、ABCC11の耳垢・分泌研究とは別に、腋窩汗の主要な匂い成分の一つである3-hydroxy-3-methyl hexanoic acid(HMHA)を、ヒト嗅覚受容体OR52E8がどう認識するかを調べました。細胞ベースのシグナル測定と、OR52E8の結合ポケットを再現するように設計した受容体のクライオ電子顕微鏡構造から、HMHAのC3位の水酸基・メチル基と受容体ポケットの相互作用を示しています。OR52E8は(R)-HMHAに強く、(S)-HMHAには弱く応答しました。
さらに、自然に存在するOR52E8の変異にはHMHAへの応答が異なるものがあり、匂い成分が体表にどれだけ出るかという「分泌側」だけでなく、同じ成分をどう受け取るかという「受容体側」も、感じ方の個人差に関係し得ます。ただし、これは受容体の機能を細胞系で調べた研究で、参加者の耳垢タイプや日常の腋窩臭の強さを直接比較したものではありません。匂いの感じ方の個人差は受容体・遺伝・順応・経験の違いも分けて読みます。
この研究を加えても、ABCC11が耳垢のタイプや腋窩の匂い前駆体の分泌に関係するという既存の整理は変わりません。耳垢の見た目からOR52E8の型やHMHAへの感度を推定できるわけでもなく、湿った耳垢・特定の遺伝子型・受容体応答だけで、本人の体臭、清潔感、健康状態、他人からの印象を決めることはできません。
79人の日本人腋窩臭症例で見られた関連
Nakanoらは、日本人の腋窩臭症例79人と一般集団161人について、ABCC11の遺伝子型を比較しました。症例群では78人(98.7%)がGGまたはGAで、一般集団では57人(35.4%)でした。研究は、腋窩臭と湿型耳垢に対応する遺伝子型の強い関連を報告しています。
ただし、この「腋窩臭症例」は、腋窩臭への深い不安があり、両側の腋窩アポクリン腺を手術で除去した人として定義された臨床群です。一般の人全体を代表するサンプルでも、耳垢を見れば個人の診断ができる検査でもありません。
164人の女性を測った研究では、A/Aでも匂いはゼロではなかった
Harkerらの研究は、フィリピン人女性200人をスクリーニングし、そのうち164人を遺伝子解析の対象にしました。腋窩を管理して洗った後、5時間と24時間の匂いを6人の訓練された評価者が採点し、腋窩の揮発成分、代謝物、皮膚微生物なども調べています。
A/Aホモ接合体はG/AやG/Gより腋窩臭が有意に低かった一方、官能評価では感じ取れる匂いが残りました。また、短鎖脂肪酸は3つの遺伝子型すべてで検出されています。ABCC11が特徴的な前駆体の分泌に関係しても、体表の匂いを一つの遺伝子だけでゼロか一かに分けられない、という読み方が必要です。
この研究は特定の年齢・性別・国籍の女性を対象にした管理条件で、著者の多くが企業研究機関に所属していました。結果をすべての人の体臭、製品選び、健康状態へそのまま外挿しません。
耳垢の見た目から分かること・分からないこと
- 分かる範囲:耳垢のタイプとABCC11の遺伝的な型に、集団レベルの関連が研究されています。
- 分からない範囲:今日の匂いの強さ、衣類に移った匂い、汗・微生物・製品・環境の影響は、耳垢だけでは分かりません。
- 避ける推測:耳垢のタイプや遺伝的背景から、清潔感、人格、民族性、健康状態を決めつけない。
- 観察するなら:洗浄後の経過時間、運動・発汗、衣類、制汗・香料製品、室温・湿度を別々に記録する。
耳の中を傷つけたり、耳垢を取るために器具を入れたり、遺伝子検査を自己判断で行ったりする必要はありません。腋窩の匂いが気になる場合は、肌と衣類のどちらから感じるか、洗浄後からの時間、発汗や製品の条件を分けて観察します。
匂いの変化に加えて、腋窩の発赤、痛み、しこり、ただれ、分泌物などがある場合は、匂いだけで判断を続けず、皮膚科などの専門家へ相談してください。
参考文献
- Martin A, Saathoff M, Kuhn F, Max H, Terstegen L, Natsch A. A functional ABCC11 allele is essential in the biochemical formation of human axillary odor. Journal of Investigative Dermatology. 2010;130(2):529–540. PubMed
- Nakano M, Miwa N, Hirano A, Yoshiura K-I, Niikawa N. A strong association of axillary osmidrosis with the wet earwax type determined by genotyping of the ABCC11 gene. BMC Genetics. 2009;10:42. PubMed
- Harker M et al. Functional characterisation of a SNP in the ABCC11 allele—Effects on axillary skin metabolism, odour generation and associated behaviours. Journal of Dermatological Science. 2014;73(1):23–30. PubMed
- Choi C, Byeon H, Lee J, et al. Structural basis of the sweat odorant HMHA recognition by the human odorant receptor OR52E8. Communications Biology. 2026;9:1077. DOI: 10.1038/s42003-026-10317-6 · PubMed · Nature掲載ページ
- Amari Y, Hosonuma M, Mizukami T, Isobe J, et al. Association between the ABCC11 gene polymorphism-determined earwax properties and external auditory canal microbiota in healthy adults. Microbiology Spectrum. 2025;13(2):e0169824. DOI: 10.1128/spectrum.01698-24. DOI · PubMed PMID 39817749
遺伝子型と腋窩臭の生化学・官能評価を扱う研究であり、耳垢の見た目による個人診断や、体臭・人格・健康状態の判定を支持する資料ではありません。
