「髪の香り」と「頭皮の匂い」を分ける

髪の残香は、シャンプー中に香料が毛髪へ移り、時間とともに放出・減少する「残留性」の問題として考えられます。髪から香ることだけで、頭皮の状態、体臭、清潔感、健康状態を判断することはできません。頭皮そのものが匂う仕組み(皮脂・菌・揮発成分)を単体で読みたい場合は、皮脂・菌・揮発成分から読む頭皮の匂いの補助記事が、人毛の揮発成分分析と企業研究の対象を分けて整理しています。

毛髪は香料が移る「基材」になり得る

香りが髪に残るかを考えるときは、香料の種類、洗浄液から毛髪へ移る割合、毛髪表面の状態、乾燥時間を分けます。髪の長さや量だけで残香時間が決まるわけではなく、同じ製品でも処方と条件が違えば結果は変わります。

1983年の研究は、界面活性剤溶液から人毛へ移る7種類の香料素材を、嗅覚評価とガスクロマトグラフィーで調べました。0.5%溶液を使った管理条件では、香料ごとに毛髪への吸収量と、24時間の空気乾燥後に残る量が異なりました。

この結果は「髪の香りは必ず24時間残る」という保証ではありません。香料素材、濃度、洗浄液、乾燥条件をそろえた実験であり、家庭のシャンプー全体やすべての髪質へそのまま外挿できないからです。

シャンプーの処方が残り方を左右する

原矢・山戸・押村らの2022年研究は、香料としてd-リモネンを含むモデルシャンプーを使い、アニオン性界面活性剤とカチオン性ポリマーの複合体コアセルベートが毛髪への香料残留にどう関係するかを調べました。

研究では、アシルグルタミン酸塩とカチオン化セルロースを含む処方で、他の比較した界面活性剤の処方より毛髪に残るd-リモネン量が多くなりました。さらに、塩、脂肪酸、pHによって残留量が制御されました。

つまり「香りの強いシャンプーだから髪に残る」と一つの理由にまとめるより、香料分子と処方が毛髪へどう移るかを見るほうが正確です。この研究の著者所属には味の素株式会社が含まれるため、企業の処方研究であることも明記して読みます。

毛髪のダメージ状態も残り方を変え得ます。ブラジルの大学に提出された2019年の修士論文は、縮毛処理・熱ダメージ・ブリーチなどでダメージ段階を変えた毛髪束を、スルフロール・酢酸ゲラニル・イソオイゲノール・γ-ウンデカラクトン・トナリドの5香料分子を含むシャンプーで洗い、GC-MSで湿潤・乾燥時の残留を測定しました。水に溶けやすく揮発しやすいスルフロールは湿潤時の残留が大きい一方、重く極性の低いトナリドは残留量が小さくても毛髪での持続が長いという対比が示され、ブリーチとの組み合わせで残留が最も小さくなるグループもありました。人種・民族群間の差は一貫しなかったと報告されています。修士論文・人工的なダメージ処理・特定の5分子という条件を残し、市販製品や個人の毛髪へのそのまま適用はしない読み方が必要です。

湿度・毛髪処理は「香りの残り」と分けて考える

2024年にオンライン公開されたBreakspearらの研究は、未処理毛、熱成形毛、ブリーチ毛、さらに毛髪のキューティクルとコルテックスを分け、動的蒸気吸着(DVS)で水分吸着の速度を調べました。毛髪繊維の膨潤を含む時間依存のモデルを用い、約30%相対湿度付近の構造変化、化粧処理、繊維密度が水分吸着過程に関係する範囲を示しています。

ただし、これは水分吸着の研究であり、香料、シャンプー後の残香、ヘッドスペース中の香気濃度を直接測った研究ではありません。湿度が高いほど香りが長持ちする、または短くなるとはここから言えず、毛髪の処理状態・乾燥・換気・処方を、香料残留と別の条件として記録します。

湿度や温度が香りの感じ方全体にどう関係するかを単体で読みたい場合は、室温・湿度と香りの関係を扱う補助記事が、揮発と知覚の条件を分けて整理しています。また、鼻が同じ香りに慣れて感じにくくなる仕組み(嗅覚順応)の補助記事も参照できます。

残香の時間を一律に言えない理由

  • 香料:分子の種類によって毛髪への移りやすさと揮発のしやすさが違う。
  • 処方:界面活性剤、ポリマー、塩、脂肪酸、pHなどの組合せが残留量に関係する。
  • 毛髪:表面状態、ダメージ、長さ、量、湿り具合が同じとは限らない。
  • 環境:乾燥、温度、換気、周囲の香りで「残っている」と感じる条件が変わる。

研究で測られた香料の残留量と、人が感じる香りの強さは同じ指標ではありません。鼻の順応や周囲の空気も重なるため、化学分析の値から生活上の持続時間を直接約束しないようにします。

自分で観察するなら、髪・頭皮・衣類を分ける

  1. 洗髪直後、乾燥後、数時間後で、香りを感じる位置を記録する。
  2. シャンプーの量、すすぎ、乾燥方法、整髪料を一度に変えない。
  3. 髪を動かしたときの香りと、頭皮に近い場所の匂いを別々に観察する。
  4. 枕、衣類、室内の香りが混ざっていないか確認する。
  5. 刺激、かゆみ、痛みなどがあれば使用を中止し、必要なら専門家へ相談する。

この整理は、毛髪に残る香りを観察するためのものです。誰かの体臭、人格、清潔感、健康状態を髪の香りから推定する方法ではありません。

限界:紹介した研究は、特定の香料素材やモデルシャンプー、管理された毛髪条件を対象にしています。毛髪の水分吸着研究は香料残留を直接測定しておらず、製品ごとの残香時間、すべての髪質への効果、頭皮や健康への効果を保証するものではありません。

参考文献

  1. Blakeway JM, Seu-Salerno M. Substantivity of perfume materials to hair. International Journal of Cosmetic Science. 1983;5(1):15–23. Wiley掲載ページ · DOI: 10.1111/j.1468-2494.1983.tb00600.x
  2. 原矢奈々・山戸直弥・押村英子. シャンプーの香り持続性を制御する処方技術. 日本化粧品技術者会誌. 2022;56(3):290–295. J-STAGE掲載ページ · DOI: 10.5107/sccj.56.290
  3. Breakspear S, Evans TA, Frueh P, Neu A, Noecker B, Popescu C, Uellner Q. The kinetics of moisture sorption by hair. International Journal of Cosmetic Science. 2025;47(2):270–280. Published online 2024-11-11. Wiley掲載ページ · DOI: 10.1111/ics.13028
  4. Gasparin RM. Avaliação da retenção de fragrâncias em cabelos de diferentes etnias, virgens e danificados. [修士論文]. Universidade Estadual de Campinas; 2019. DOI: 10.47749/t/unicamp.2019.1231248
  5. Yun J, Kim SH, Yoo H, Park KH. Evaluation of Human Hair Absorption and Retention. Clinical, Cosmetic and Investigational Dermatology. 2025;18:2569–2578. DOI: 10.2147/CCID.S536755. DOI · PubMed PMID 41080509

毛髪への香料残留・処方条件の研究と、毛髪の水分吸着を香料残留と分けて読むための研究です。個人の体臭や健康効果を判定する資料ではありません。

毛髪への吸収・保持を3Dラマンで見る研究

毛髪が成分をどれだけ取り込み、どこまで保持するかを直接測る試みもあります。2025年にClinical, Cosmetic and Investigational Dermatologyで報告された研究は、3Dラマン分光法を使い、無処理の毛髪・水処理の毛髪・ヘアケア製品処理の毛髪を比較しました。結果は、ヘアケア製品処理の毛髪で吸収量と浸透深度が有意に大きく、乾燥の指標が低く保たれたと報告されています(p < 0.05)。30分間隔での経時測定により、保持の変化も空間的に可視化されました。

これは香料そのものではなく栄養・水分成分に関する研究ですが、「毛髪への吸収と保持は測定できる」という点で、残香の持続性研究と共通する土台です。読むときの注意は、特定メーカー製品の臨床試験であること、香りの保持とは別物であること、30分という短時間スケールの結果であることの三点です。「この研究だから自分の髪にも同じ効果がある」とは読めず、測定技術の進展として押さえるのが妥当です。